吉田幸生のスケジュール帳

関西を中心に、主にシャンソンの伴奏ピアニストとして 活動する吉田 幸生の公開スケジュールと雑記帳です。

人生ゆるり宣言


皆様。
多大なご心配をおかけしております。
また暖かい応援を頂き誠に感謝にたえません。

11月以来、約1ヶ月入院して透析治療を受けたもののマイ腎臓は動き出してはくれず、
いわゆる「維持透析」に入るよう言い渡されましたが、
セカンドオピニオン受診した先生の指導を得て、透析は続けずに、そこに通院しながらの自宅療養に入りました。
経過は順調で、良くなる確信を得ております。

こうなるに至った原因は、色々ありそうです。
酒はそれなりにあおるし、
食は脂っこいもんも大好きでグルメで
運動はつとめてしない、
(タバコは40でやめましたが)
メタボまっしぐらの性向が
拍車をかけていたのは間違いありませんが、
それにも増して
隙間なく仕事で埋め尽くしてきた生き方そのものが自分を追い詰めていたのだと、ようやく腑に落ちました。
これからは
請われるまま何もかも引き受ける事はもうやめます。自分の身体と心にゆとりのある範囲でできる量の仕事に限らせて頂きます。というか、そうせざるを得ません。

そして例えば
聴きたいアルバムがあれば全曲じっくりと順番に耳を傾ける。読みたい本があれば一気に最後まで読む。
20歳の頃当たり前だった、そんな豊かな時間をもう一度取り戻したく思うのです。





いや、あの頃も忙しかったか、、、。

と言うわけで、来年2月頃からそろそろと再始動する予定です。お会いできる日を楽しみに。
最後に
みちこ 毎日足揉んでくれてありがとう。
おかげで生き返りました。
これからもよろしくね。

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人生初MRI

人生初MRI

金属の頑丈そうな扉がギイっと開くと、中央に装置が。CTとよく似ているが、横たわるとお腹の上に何やらフタをされ、囚われ状態に。手に「気分が悪くなったら押して下さい」とボタンを握らされ、頭にヘッドホンがはめられてスタート。
様々な種類の警告音のような音が代わる代わるランダムに鳴り響く中、筒の中をゆるゆる進む(目を閉じてたのでわからない)。
時々ヘッドホンから「息吸ってー、吐いてー、はい止めて」と指示が入る。なぜかおかしくて吹き出しそうになるのをこらえた。
後半はさらに大工の工事のような音が各種鳴り響き、約30分でようやく終了。

それにしても磁気?による撮影法と聞いてたがえらいガンガンガンガン音がするんだねえ。音波の間違いじゃないのかと素人は思いましたわ。

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入院中です

透析とはどのようなものか

まず、装置のパイプを体に接続するための手術をする。手術室に入るわけではないが、透析室のベッドに横たわると、手術する部位の周りにシートが敷かれ、メスを入れる場所だけ丸い穴の空いたシートを上から被せ、担当の医師は、ちゃんとテレビに出てくる手術の人の格好をしている。
とは言え手術そのものはものの10分で終了。
最初に消毒、局部麻酔し、ややあって先生が「始めます。時々痛いですよ」とおっしゃるので覚悟。メスを入れられた感覚はないが、針を刺すようなチクッチクッとした痛みが2回ほど。と思ったら「はい終わりました」で、もう透析装置本体に動脈パイプ・静脈パイプが繋がれて、体の外を行き来するマイ血液。ひえー。先生はそこで行ってしまう。

複雑に巡らされた管の中をジュルジュルと行き来しているマイ血液。動脈系は赤、静脈系は青でマークされているので何となく流れがわかる。ひときわ大きな、浄水フィルターのような筒は、両端が赤と青になってるので、ここで老廃物を濾してるのかな?と推測。だとしたら横のでっかい機械は何をしてるのだろう?分析?管理?管たちを引っ掛けているワイヤーのタワーの先っちょに信号機が付いていて、異常があると色が変わって知らせる仕組み。患者一人に人がつきっきりではなく数人で適当に見回っておられる。一度自分の装置に赤が点灯してドキドキしたが「ちょっと流れが悪くなったみたいですねー」と言うわけで、パイプの位置を上げたり下げたりして調節。グリーンのランプに戻ってホッとする。時間が来ると「終わりますねー」と声をかけられ、担当者が装置をいじると、パイプはみるみる透明になっていき、全部透明になったらパチパチとパイプを外して、はいおしまい。自分の体には、まるでオーディオのラインイン、アウトのように赤、青の印がついた管が3本ブラブラ。

一度手術を受けてしまえば、後は呼ばれた時に部屋に行くと、パチパチと繋いではいスタート、とわりかしお手軽。そうやって、数人いる患者さん皆ただ寝っ転がってるだけなので、あまりお医者っぽくないスタッフの人たちも何となくのんびりムード。もちろんちゃんと資格を持った専門の方たちだろうけれど。だけど時には「あなた、血圧が急に下がって来たので透析中断しますね」と言われてる人がいたり、身動き一つしないおばあさんの横に、普通は入れない付き添いの人がずっと話しかけてたり、ドラマもある、そんな、週3回の透析の日々。

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昔の思い出その2

約40年前。
阪大軽音に入学して2年目の春だったかな、サックスの大和田哲雄(現在は主にソウル〜ブルース分野で活躍する、超精力的な現役整形外科医師)くんの紹介で、ミナミのバーでピアノ演奏するバイトを手に入れた。
心斎橋と長堀橋の交差する南東角、昔ソニービルだった所の、鰻谷通りを挟んで南向かいのビルの地下にあった「セラバーウィリアムス」。本町に本店があったのかな?今はもうない。

何代か前のピアニストが、今は神戸三ノ宮でグレートブルーを経営されてる安藤義則さんだと聞いたけど、記憶違いかも。
スタッフは男性ばかりで、高級クラブ感たっぷりの、料理とお酒を楽しむ店でした。

ウイークデーの夜、30分3回だったかな、
演奏して、賄い付きで5000円という、
貧乏学生には夢のような待遇、
大喜びでやらして頂きました。
これで4年ほど食いつなぎました。
交通事故で左足小指骨折した時も、
ギブスしたまま仕事してました。

賄いが余った時、でっかいボウルに山盛りのピラフを指差したシェフに「おいお前、それ全部食べとけ」と言われ、必死で平らげて3日分の食費を浮かせたこともあったっけ。コンソメ味の味噌汁もよく出てました。

演奏するにあたっての条件はただ一つ、「静かに、お客様の邪魔にならない演奏を」だけで何を弾こうと自由だったのですが、だいたいは軽音スイング(他大学で言う所のジャズ研)で仕込んだジャズスタンダードや、好きなアメリカンポップス(カーペンターズとかビリージョエルとかね)を弾いてたかな。
弾いてる最中に眠気を催してきて、ハッと気がつけば指が止まっていて、あれ?ちゃんと1曲弾き終わったんかな?てなこともたまにあり。
夕方店に入ると、他のスタッフ(コックさんやホール係)はすでに忙しく立ち働いていて、挨拶しようにもタイミングがなく静かに準備してると、シェフから怒られた。お前なー、それじゃわからんのや、目もくれず動いてる人たち皆に届く大声で「おはよーございますっ!」と言わんかい!っと。基本を教えて頂きました。

その頃やっていたオリジナルフュージョンポップスバンド「マスタージャム」や、今や日本の誇る名医師になってしまった小児心臓外科医師の市川肇さん率いるジャズコンボ「VSQP」その他山のように参加していた練習バンドが自分にとっての本来の音楽活動で、ここの仕事は、ジャズミュージシャンが言う所の所謂「営業」と、心にも留めてませんでしたが、
今思えば、音楽が生業になったのはソロピアノからだったと言えるかも知れません。

この時代を経て、次は住居付きの週末アルバイト、東豊中「カフェフィガロ」時代に突入してゆくのですけれど、その話はまた次回。

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入院しました



皆様。
ご心配をおかけしております。
吉田幸生は11月7日、自覚症状ゼロのまま、血液検査の結果を見た医者から緊急呼び出しを受け、仕事など以ての外、3週間の安静を言い渡されました。腎不全でした。とは言え命に別状はなく元気です。これを機にゆっくり体と心のメンテナンスをします。生まれて初めての入院生活です。
皆様の元にピアノ演奏をお届けできる日までしばらくお待ちあれ。でもベッドの上で暇なので、色々な投稿は増えるかな?

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